■“ウェブマネー”ってなぁに?
ここではPBMの魅力や達成感、共有感について、また、MMORPGとの明確な違いについて詳述する。
PBM経験者によると、MMORPGに参加してもPBMと同じような達成感は全く得られないとの感想を聞かれることがある。
まず、PBMがMMORPGと大きく違う点として、誤解を恐れずに言えばMMORPGはその経営上、明確な目的がなく、細かいイベントはあるがあまり重要性はなく、ただ毎日が進んでいくだけのものであり、いつかは運営終了し何も残らないという性質を持っている(コンシューマゲームのように明確なエンディングを設定すると、そこでゲームサービスが終了してしまう。そこで、ゲームそのものは終了しない小さなイベントを積み重ねていくことになる。結果、プレイヤーの目的は、レベルを上げてひたすら強くなったり、他のプレイヤーと交流を深めたりすることに終始することになる)。
PBMは明確な始まりと終わりがあり、ストーリーという活字になった成果物が残る。 こういう点では、PBMはMMORPGよりはTRPGにより近い存在であると言える。
また、PBMは参加者を選ぶゲームでもある。 ただ単に、無難な行動を書き連ねるキャラクターは、名前程度しか出てこない。 ゲームを終了しても、何が面白かったのか実感はできない。
PBMとは発想と発想との勝負であり、他プレイヤーやマスターに対して、自らのキャラクターの行動をぶつけ、ゲーム内の歴史を決定していく、やり直しのできないゲームである。
当然、誰もが考え付かなかった(一貫した)行動をとった者、(行動に)カリスマのあるキャラクター、情報の中心にいるキャラクターは、他プレイヤーの関心を集め注目される。
ターン数が3〜4回目ともなれば、ほぼ全員の目にキーキャラクターが誰であるか分かる。 このキーキャラクターは、初期キャラの能力値やたまたまスポットが当たったと程度で決定されるものではなく、説得力のある行動をとった「生きた」キャラクターであり、マスターが続きを書かずにはいられない気を起こさせるキャラクターであることが必須条件である。
PBMで誤解を受けやすいのが能力値である。 普通のMMORPGやRPGでは、能力値は絶対のものであり、知恵や勇気や愛だけでは能力値を超える行動はできない (ただし、例外として、TRPGではその行動をゲームマスターが認めた場合や、サイコロなどによる乱数の値によって成功することはありえる)。
しかし、PBMでは全ての能力値よりも
おせち
の行動内容が重視される。能力値は、主にマスターにとってリアクションを書くための補足説明や行動資格にすぎない。
つまり、一貫した(ゲーム内での目標や目的を明確に持った)行動を取り、その卓越した発想力と人心を集める努力をした者が、シナリオに深く関わり、物語は彼らを重要人物として進んでいく(このようなPCを「キーキャラクター」と呼ぶ)。
行動がうまく進んだときの達成感。他プレイヤーとの協力による大きな行動と結果。ライバルキャラクターとの妨害合戦の末の意外な結末。マスターとのシナリオをめぐる攻防。自分の作り出したキャラクターが、マスターの書き上げるその世界で暗躍し、名声(悪名かも知れないが)を高め、他プレイヤーの賞賛を得る。これがPBMの醍醐味であり、最大の魅力なのである。
プレイヤーの自由な発想や秀逸な考察が生かされ、後に公式設定と認定されたものも少なくない。新しい魔法やアイテム等のアイデアを募集する事も広く行われ、人気を博した。マスターが認めれば、技能や魔法を運営側が当初予想していなかった奇想天外な形で応用する事さえ可能であった。その自由度の高さは、現在のMMORPGでは実現不可能なレベルにあると言って良い。
PBMの現況を見る限り、将来性は期待できない。 経営側の運営姿勢によるものが最も大きい原因であると考えられているが、もうひとつ大きな原因として、ゲームへの参加に積極的ないわゆる「パワープレイヤー」をマスターへ起用したことが上げられる。
常に締め切りに追われ続ける運営側は、
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の人気とは裏腹に過酷な業務状態にあり、慢性的なマスター不足に悩まされていた。そこで、キープレイヤーとなるほど積極的な行動力を持つプレイヤーをマスター側に引き抜いたのである。
中には成功したマスターも存在したが、大抵のプレイヤー出身マスターは特別な訓練も実績もなかったため、締め切りを守れない、リアクションの内容が稚拙であるなどといった混乱が生まれた。中には、途中でマスターを放棄した人間まで現れた。
パワープレイヤーが引き抜かれたため、ゲームを牽引するキープレイヤーが激減した。このため、平凡な行動を取るプレイヤーが多くなり、結果的に何の盛り上がりもなく終了するゲームが多くなった。これではPBMの魅力が十分に伝わらず、続けてゲームをやろうという気を起こさせなくなってしまい、さらにプレイ人口が減るという悪循環に陥った。
くわえて遊演体・ホビーデータ以外の運営会社が乱立し、パワーユーザーをマスターに迎える現象が加速され、マスター・プレイヤー共に魅力のない平坦な物語が多くなってしまった。 運営会社は年会費だけ集めれば経営は成り立つため、さらに質の劣化を招いた。
また、経営会社は封筒重量による郵送料金の増加を一切認めなかったため、リアクション枚数は多くても6〜8枚程度に制限された。内容を面白くするためには特定のキャラクターの記述を厚くする必要があり、結果的に多くの没行動が生まれ、大多数のPCは自分の考えた行動をリアクションへ反映させることができなくなった。
ここで各プレイヤー達の不満が発生し、
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を払ってるのだから、各キャラクターの活躍する文字数は等しくならなければならない。そこで、原則全てのPCをリアクションへ反映させるとうたったゲームも登場したが、これが逆に更なる質の劣化を招く結果となった。小説で全キャラクターが平均的に活躍する作品などあり得ないからである。
この問題を解決するために、個人文章が1枚ずつ付けられるサービスもあるが、それらは個人的な活躍を記したものであり、直接シナリオや世界を動かすような活躍を望む参加者を満足させにくいといえる。
現実的にも若年層の参加者が多い企業運営のPBMの参加費用は平均して年25000円前後は決して馬鹿にできない金額で、それだけの金額を払っているにも関わらず、充分な見返り、すなわち内容のあるリプレイ小説やゲームとして楽しめる要素が得られないために引退する参加者はさらに増大した。
これらの要因により、多くのプレイヤーはゲームを引退し、PBeM、PBW等の多くの個人PBMが乱立したが、結局は個人マスターの負担が大きすぎ、自然消滅を迎えた。個人運営のPBMの中には現在も細々と運営を続けている、または運営自体は終了してもPBMで出来上がった物語の続編小説を定期的に作成し、インターネットで無料で公開している例もあるが、昔に比べると激減した。
しかし、以上のような問題点を抱えつつ、現在でもPBMを運営する会社は存在しており、それらの参加者もいる。 これにはPBMの参加者の多くが、他のゲームでは提供されない面白さと達成感を知っているからともいえる。
サーバあるいはサーバー(英:Server)とは、クライアントからの要求(リクエスト)に対して、何らかのサービスを提供するシステムのことであり、コンピュータネットワークにおける、分散処理の片側である。
「ソフトウェアとしてのサーバ」、「ハードウェアとしてのサーバ」、及び、これら両方をあわせた「システムとしてのサーバ」がある。
「ソフトウェアのサーバ」は、サーバ機能を持ったソフトウェアの総称だが、独自開発の他、用途に応じ各種のソフトウェア・パッケージが存在する。ただし、サーバとクライアントは必ずしも違うコンピュータにあるとは限らず、同一のコンピュータにサーバプロセス(機能)とクライアントプロセス(機能)が稼動することもある。
「ハードウェアのサーバ」は、サーバ機能を搭載できるコンピュータの総称だが、実際には専用ハードウェア機器もあり、また主にUNIXやWindowsを搭載した、業務用の高性能・高信頼性のコンピュータを総称している場合が多い。